[04] フジカラーN100 と カルバーフィルム

『カメラ毎日』誌だけでなく日本のいわゆるカメラ雑誌一般には、かつて、掲載作品に撮影データ(使用したカメラ、レンズ、絞り値、シャッタースピード、感光材料等)を併記する習慣があった。江口「初冬の米塚」の場合、その記載によると、まず、富士フイルム社のカラーネガフィルムで撮影、しかる後に「カルバーフィルムとの合成」という特殊技法を用いることで、この色彩、このヴィジョンがもたらされたという。さて、聴きなれないテクニカル・タームが出てきた。“カルバーフィルム”って何だ?

まず「フジカラーN100」のこと

そこを調べだす前に、彼がニコンFカメラに装填し、米塚を撮影したフィルム=「フジカラー」(商品名「フジカラーN100」)について、少し確認しておきたい。

1960年代中~後期は、カラーフィルムがプロや一部のマニア向けばかりでなく、国内で広く一般ユーザーへも普及・浸透していく転換期だったといえる(江口家のファミリー・アルバムを時系列を追って眺めてもそのことが明確にわかる)。各メーカーのスペシャリストたちの努力で、感度や発色のよいカラーフィルムの開発が進んだことが、この転換を可能にするのだが、とりわけ、1965年富士フイルム社(現FUJIFILM)から発売されたニュータイプのネガカラーフィルム=「フジカラーN100」のインパクトは大きかった。

製品名の中の「100」は、フィルムISO感度を示し、スタンダードなモノクロフィルム「ネオパンSS」と同じレベルの感度を実現できたことから、このフィルムは多くのユーザーに愛用され、また、同じ頃に同社のカラーフィルム現像処理を受注する現像所(カラーラボ)の全国的ネットワークが整備されてきたことも、カラー写真の一般への浸透をさらに加速しただろう(FUJIFILM社Web参照)。

江口のデビュー作が掲載された号の『カメラ毎日』裏表紙(表4)はちょうど、「フジカラーN100」のカラー広告を掲載している。ゴム動力の竹ひご製プロペラ飛行機で遊ぶ、麦藁ぼうしの男の子を撮ったメインビジュアルに添えるキャッチコピーは、ずばり、「色の世界をあますところなく再現する—フジカラー」。(この広告は“夏休み”のイメージだが、同じフジカラーで撮った「初冬」の冷気を帯びた1枚を、江口は同号の中でぶつけてくる。)

『カメラ毎日』1968年6月号 裏表紙(表4)「フジカラーN100」のカラー広告
『カメラ毎日』1968年6月号 裏表紙(表4)「フジカラーN100」広告

「カルバーフィルム」とは何か

繰り返しになるが、江口は「フジカラーN100」のフィルムで米塚を撮り、しかる後に「カルバーフィルムとの合成」という特殊技法を用いた。これはいったい、いかなる錬金術だろう?

本当なら、68年当時市販されていた“カルバーフィルム”と同種の感光材料を手に入れ、「初冬の米塚」でおこなわれた実験過程の再現にチャレンジした上でないと、確実なことはいえないのだが(江口弘美プロジェクトのわが技術スタッフは目下、その可能性を窺い、市場からは消えた幻の“カルバーフィルム”を追い続けている)、ここでは、現時点でわかっていること、推定できることを記しておこう——。

  • カルバーフィルム(Kalvar Film)は、紫外線にのみ感度を持ち、露光したフィルムを熱処理することで現像する、暗室や薬品を一切必要としない特殊なタイプの、非銀塩・有機系写真フィルム(芳香族ジアゾニウム塩を感光主体とする)である。「ジアゾ化合物の光分解によって生じる窒素ガスを熱可塑性樹脂中に集めて気泡にし、光散乱性画像vesicular imageとするもの」(友田宜忠「高解像力感光材料」1971)。このフィルムは、1956年米国チューレン大学で開発され、翌年設立のカルバー社が製品化を進め、日本では60年代より同社と提携したキヤノンがその販売を担い、また、専用露光機(Kal-Printer Automatic)など処理機器の開発、製作も行なっていた。
  • カルバーフィルムはおもに、(文書保存用の)マイクロフィルムやマイクロフィッシュから複製(デュープ)をとる目的で、あるいはスライド作成、映画プリントの作成という用途でも、よく使用されたという(つまり、フィルム上の原画に当たるイメージから、密着露光により複製を写しとることを得意とするフィルムだったのだ)。
  • 「初冬の米塚」の制作中、江口はきっと、撮影ネガ(フジカラーN100)の現像後の1コマをカルバーフィルムと重ねあわせ、紫外線にあて密着露光を試みただろう。カルバーフィルムの発色はモノクローム、だから米塚の眺望はその時一度、カルバー独特のコントラストによる白黒のビジュアルに変貌したはずだ。
  • 通常のフィルムのように光を吸収するのではなく、光を散乱させて画像を生成するカルバーフィルム特有のトーンに還元された、モノクロームのこの1コマを、さらに、フジカラーN100の原画ともう一度、密着露光する——デュープにデュープを重ねた過程から、アナザーワールドのこの光景が立ち現れたのではないか?

著者 写真評論家 大日方欣一 Obinata Kinichi

フォトアーキビスト、写真史研究者。1960年東京都府中市生まれ。主な編著『出会いとコラボレーション 大辻清司の写真』(フィルムアート社)、『今井祝雄タイムコレクション』(水声社)、『榎倉康二〈予兆〉』(東京パブリッシングハウス)、『牛島智子 ホクソ笑む葉緑素』(九州産業大学アート&デザイン研究センター)ほか。主な企画展「かたちとシミュレーション 北代省三の写真と実験」(川崎市岡本太郎美術館)、「生誕100年大辻清司 眼差しのその先」(武蔵野美術大学美術館図書館)、「風景への旅」「もしも… 大辻清司の写真と言葉」(九州産業大学美術館)ほか。2015年より福岡市東区在住、九州産業大学芸術学部教授。