著者 写真評論家 大日方欣一 Obinata Kinichi
フォトアーキビスト、写真史研究者。1960年東京都府中市生まれ。主な編著『出会いとコラボレーション 大辻清司の写真』(フィルムアート社)、『今井祝雄タイムコレクション』(水声社)、『榎倉康二〈予兆〉』(東京パブリッシングハウス)、『牛島智子 ホクソ笑む葉緑素』(九州産業大学アート&デザイン研究センター)ほか。主な企画展「かたちとシミュレーション 北代省三の写真と実験」(川崎市岡本太郎美術館)、「生誕100年大辻清司 眼差しのその先」(武蔵野美術大学美術館図書館)、「風景への旅」「もしも… 大辻清司の写真と言葉」(九州産業大学美術館)ほか。2015年より福岡市東区在住、九州産業大学芸術学部教授。
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[04] フジカラーN100 と カルバーフィルム
「初冬の米塚」の鮮烈な色はどう生まれたか。撮影に使われたフジカラーN100と、非銀塩の特殊な「カルバーフィルム」との合成という錬金術めいた工程を推理する。
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[03] 初冬の米塚
江口弘美のデビュー作「初冬の米塚」を読み解く。阿蘇・米塚スコリア丘、メキシコのパリクティン火山を撮ったブレーメとの時空を越えた共振、月例コンテスト「カラー」の部、二等選出の評。
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[02] 『カメラ毎日』1968年6月号
江口弘美のデビュー作「初冬の米塚」が載った『カメラ毎日』1968年6月号とは。山岸章二デスク時代の活況、青木エミの表紙、牛腸茂雄「こども」など同号の誌面をたどる。
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[01] はじまりの写真
福岡・八女に生まれた江口弘美。植物環境制御研究で学会賞・農学賞を受賞し、1968年前後に写真へ没頭。『カメラ毎日』1968年6月号「初冬の米塚」から探究が始まる。
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